「場」のこと。「場」としてのたんぽぽハウス

「場」のことを最近良く考えます。

「人」は「場」に集まります。
「場」があれば
「人」を集められることが出来ます。

好きな人と一緒にいるのも、
嫌いな人と一緒にいるのも、
憧れの人と一緒にいるのも、
あまり関心の無い人と一緒にいるのも、
「場」があることで可能になります。

逆に「場」がなければ、
それらは困難なものとなるでしょう。


「場」とは。

それは、場所、ってだけでなく、
仕事だったり、学校だったり、チームだったり、イベントだったり、プロジェクトだったり。
最近だったら、バーチャルな世界にもそれはあります。

「場」のかたちは、色々です。
もちろん、お店も「場」になりえます。


「場」としての、たんぽぽハウスは。

たんぽぽハウスは、
今や「場」としての機能を
多く担っています。知らぬ間に。


買い物をする場所です。

毎日来る常連さんがいます。
結構、たくさんいます。
毎日行く、「場」です。

いつもいる店員とちょっと話したり、
いつもいる常連さんとちょっと話したり、
まあ、誰とも話さなくても、
お店の同じ場所を見たり。
同じ時間に行ったり。

そこに行って、どう、みたいな。
一部になっていく感覚っていうか。


初めて行く人もいます。
目的となる、「場」です。

たんぽぽハウスとかいう店があるらしいぜ、行ってみようよ。
じゃあ、あいつも誘おう。
帰りにどこか寄ろう。

そこに行くから、どう、みたいな。
集まって、向かっていくかんじっていうか。


働く場所でもあります。
集まったり、行動したりする「場」です。

明日は、あの人と同じ店の勤務だな。
次は、あれをやろう。
新しい人が、入ってくるらしいよ。

そこがあるから、どう、みたいな。
自分が、延長していくかんじっていうか。


時に。

「場」は思ったよりも脆いものです。
参加している時は、
それを自覚できないことが多いですが。
「場」は突然無くなったりします。

何かがうまくいかなくなった、とか
誰かがいなくなった、とか
思ったより簡単なことで
無くなったりします。

時間の経過で終わることもしばしばあります。
卒業、とか寿命とか、
そんなパターンも含まれるでしょうか。


「場」が続くことは、
様々な理由で難しいことなのです。

「場」があることは、
尊いことなのです。


たんぽぽハウスは
服を売るお店でもありますが、
多くの「場」を
提供する機能も担っています。

多分、タイプとしては、
劇的な変化を期待されている
「場」というよりは、
いつも同じように、
当たり前にあること、
を期待されている気がします。

それを叶えるには、
たくさんの力が必要です。

お金も在庫のお洋服も働く人もその人たちの気持ちも使う備品もうまくいく仕組みも運とか天気とかそんなのも。
もちろんお客さんも。たくさん。

買い物をする人が
当たり前にお店に来て帰って。
働く人が
当たり前のように働いて帰って。

そういう当たり前の
代わり映えの無い日々を
続けられるようにするのが、
とても大事なことなのかな、などとね。


3月なので。
色んな事が終わっていくことをみたり。
不祥事的な。
そんなこともなんだか起こってたり。
そんなわけで。
思ったりして。

えーっと。
大学1年生からアルバイトで入って
働いてくれてたスタッフの子がいて、
大学4年生までずっといてくれて、
その子が今日で卒業するんですよ。

そういう「場」がつくれて、
そういう「場」を保てて、
良かったなあ、って思って。

これからも元気に過ごせますように。
次の良い「場」に恵まれますように。


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2019年03月15日